黒い肌のロメオ、BNP党員のジゼル

lepantoh2007-02-07

(два)
先日、ビヨンセ・ノウルズが『不思議の国のアリス』に扮した写真が公開された。ビヨンセはいつも通り、美しいウェービーヘアーのウィッグをつけている。
シンデレラや眠り姫といったおとぎ話の主人公や、その相手役の男性を白人以外の生徒が演じることは、多民族国家では全く珍しいことではなくなってきている。ただし、演劇の種類によっては未だにいくつもの障害が存在する。
だからこそ、英国ロイヤル・バレエでCarlos Acostaというキューバ人ダンサーがロメオを踊っていると知った時には驚いた。ロイヤル・バレエといえば熊川哲也の古巣であり、また、ロイヤル史上最年少でソリスト/ファースト・ソリストに昇格した天才が、退団して日本でKバレエを立ち上げた理由の一つは彼が向こうで満足する役を踊れなかったからだと聞いていた。
彼がロイヤルで注目されるようになったのは『ラ・バヤデール』の仏像の役の跳躍であったし、彼のその後のロイヤルでの代名詞は『ドン・キホーテ』のバジルであった。他にも、『ジゼル』のアルブレヒトや『真夏の夜の夢』や『くるみ割り人形』を踊ったが、いわゆるダンス・ノーブルという役柄は殆どこなしていない。マクミランのお膝元でロイヤルが誇る演目、『ロメオとジュリエット』ではマキューシオを踊った(これは明るくて好評だった)。


今、イギリスで一番有名なバレリーナといえばイングリッシュ・ナショナル・バレエのSimone Clarkeだろう。彼女がイギリスの極右政党BNP(ブリティッシュ・ナショナル・パーティー)に参加していることが知れると、非難(と、少しの賛同)の声がまたたく間に広がった。英国の国立バレエ団には公的資金が投入されているため、より一層政治的な中立さが求められると考えられた。何より驚くべきことは、彼女と公私を共にする、一児をもうけたパートナーYat-Sen Changが中国系キューバ人であることだ。彼女は、これ以上移民を受け入れることに危惧を覚えたゆえの行動だと釈明したが、ジゼルとして舞台に立つ日、劇場の周りにはプラカードを持ったデモ隊が出現することに変わりはなかった。プラカードにはこう記してあった:「ダンス・アゲインスト・レイシズム」。


バレエにおいての白人至上主義、女性中心性は何度か議題に上ってきた。コリオグラファー、Mats Ekによる、一連のクラシック破壊運動にはもちろんレイシズムの問題も含まれていた(が、黒人男性が白いチュチュを着て踊るとまでなると、むしろ嫌悪感を感じる人の方が多そうだ)。ダンス・アゲインスト・レイシズム。本当に?
ひとつだけ言えるのは、Carlos Acostaが非常に人気のあるバレリーノだ、ということだ。観客に珍しさが受けているというレベルだけでなく、批評家にも、彼のロメオのテクニックと解釈は絶賛されている。キューバには国立バレエ団があり、Acosta、もしくはChangの活躍の下支えとなっている。


こう見えると、バレエ界は変わってきている、と思うかも知れない。それも一つの事実である。
だが、このようなことを話すと、バレエに少し詳しい人はこう切り返す。「それは、イギリスとかアメリカには、バレエの上手い人がいないから」。これも一つの事実である。
バレエの上手い人ばかりの地域では、外国人ダンサーへの門戸は狭いか、全くない。バレエの最上位「プリンシパル」は、パリ・オペラ座バレエ団のみにおいて「エトワール」となる*1。その称号を得るにためには、今のところ、キューバに生まれてはならないようだ。バレエは、芸術のために、どこまで排他的であるべきだろうか。

*1:と、教わったのだけど、今はプティのバレエ団なども使っている