発表の準備をしながら、私はずっと「考えていた」

私は頭の中に未発表の論文を数本抱えており、今回の発表に関してはそのいくつかを新たな視点で切り取っていけば良かったので、大した労力はないと思われた。しかし、私の論はいわばすべて根拠と論証のない空想と夢想と妄想の産物で、序破急もあれば筋も通っているが、信憑性を上げるには、もっと有名な誰かが、私の論と同じ――もしくはそれを補強するような何かを言っているのを引用しなければならないと考えた。

そこで必死に図書館を巡った私は、ありとあらゆる少女漫画、萩尾望都に関する文献を読み、そのなかで「自分の論は大きく誤ってはいない」と確証するに至った。と同時に、自分がオリジナルで考えていた、少女漫画の舞台の日常性/非日常性というエレメントが、既に語りつくされていたことを知った。それによって私は、自分が本当に考えたのか、はたまた忘れ去られた記憶の中で、既知のことだったのか区別がつかなくなった。自分が考えたことを、既に誰かが考えていることで、安心感と嫉妬感、焦燥感が同時に生まれることを初めて知った。