作者の意図を知る喜び

最近ここに書いている漫画あれこれ文は、あんまり他にないものだと自負しているんだけども、それは結局拡張した萩尾論でしかないからだと気づいたから。何を読んでも萩尾望都と比較してしまう(同時に何を読んでも萩尾望都に還元される)ということを意識しながらやっていかなくちゃダメだなと思った。少なくとも公言しておかないと誤解を与える可能性があるし。私は漫画の評論がしたいんじゃなくて、ただ作者さんの使うテーマについての指摘をしたり、意見を言ったりするだけ。こういうのもネット上の一意見としてならアリじゃないかと図々しく甘えてみたりして(エヘッ)
で、昨日のコメント欄に関連して。去年読んで面白かったのはFF8 リノア=アルティミシアシンとザナルカンド FF10の構造分析。前者はFFシリーズ中でも最強に評判の悪いヒロイン・リノアが実は魔女になってしまうことが約束されており、FF8は期間限定のハッピー・エンドだったという私の心を打つ設定*1を暴きだしている。後者はもっと論理的に構造を分析し、製作者の意図をうかがい知ることが出来る。私はFFしかやらないへタレゲーマーなのでゲームのことは良く分からないが、FF10FF8の焼き直しと言えるそうで、喪失と再生のテーマを扱ったわかりにくい*28エンディングをものっすごくわかりやすくした感じが10には確かにある。
今年読みたい文はなんと言っても「冨樫義博論」と「浦沢直樹の精神病理」の2本。誰か書いて欲しいなぁ。

  • 冨樫義博論…虫、ゲームの中に入る、遺伝子と身体の変容(隔世遺伝、マクバク族、虫編)という三作連続のテーマの指摘およびそれに関する考察
  • 浦沢直樹の精神病理…浦沢直樹はメチャメチャに回想や小エピソードの挿入がウマい。どれもシミジミいい話なんだ。それに対してモンスターも20世紀少年も大筋は同じ、狂った社会だ。「命は平等だ!」*3と叫ぶテンマも、終わりの風景云々言ってるヨハンも、大量殺人も描いているのは浦沢さんその人だ。善と悪がせめぎあう物語構造の中、モンスターの終わりは一体何を意味していたのか。彼が描きたかったのは何なのか。

みたいなことを書いてくれる人がいたら神なんだけどなぁ。字数は問いませんよ書いてくださるならば!自分で書けって?自分で書けるならどんなに素晴らしいか…

*1:バッドエンド、サッドエンド、アンハッピーエンドマニア。あの喪失感が最高

*2:もしかしてファンの間では今や公然の事実なんでしょうか、リノア=アルティミシア

*3:私はそうは思えないです…