あと今さらですが

実は『自由への招待』レビュー書いてみました。
たしかにこんなことするのも痛いんですけど、文句ばっか言って自分で書かないのもどうかな、と思ったんで。
役に立たないらしいです*1

12 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。

自由への招待」は今日こそ届くのか, 2004/06/10
レビュアー: レントゲン (プロフィールを見る)   Japan
自由への招待」というタイトルを聞いてかなり不安感を持ったが、聞いて納得。
実は、自由への招待を心待ちにする、閉塞感の中の主人公の歌であり
疾走感溢れるメロは渋滞と焦燥、解放感溢れるサビはもどかしさを歌い上げる。
 
この歌が私たちを自由へ誘ってくれる、とは考えづらい。
だがそれは、今までのhyde詞の流れからは最も自然な形である。
 
DIVE TO BLUEでの飛翔と落下、Driver's Highでの週末*2の予感など、
彼の詞はいつもどこかに影を残すことで、「明るいポップ・チューン」への回収を拒んでいる、とも言える。
HONEYのように未だ叶わぬ希望を歌い上げることも、それと同様の働きをする。
その意味で彼が本当に自由であったのは「LOVE FLIES」あたりであった。

よって本当に自由“からの”招待がほしいなら、飛翔する「REAL」を聞けばいい。
 
このシングルは、「READY STEADY GO」での地に足がついた世界観と、「瞳の住人」での時に急かされる主人公を
矛盾無く引き継ぎながら、また一味違った切なさを呼び起こす。
瞳の住人」での風景画や瞳という閉塞世界を志向する、諦観とでもよぶべきものが
気に掛かっていたが、このシングルでは「今日こそは」と「隙間を越えて笑顔の向こう」を目指している。

一体何度目の「今日こそは」なのか思い返すと、不思議な寂しさと愛しさに支配されそうになるが、
彼が「向こう」を目指してくれた、もう一度そのことを素直に喜びたいのだ。
ASIN:B0001ZX9D4

(元)自由への招待と拘束の正体
id:lepantoh:20040608#p3

*1:別に負け惜しみではない(つもり)だけど、多分見え方の違いというのがあって、あそこにポジティブ的レビュー書いている人たちや、それに参考になった票入れている人とは、違った見方をしてる。そこで、こういう見方もありか、それともナシかっていうのを、ちょっと知りたかったんだ。そして私自身、ポジティブって見方はナシだと思っているから、おあいこなのだ。

*2:もちろん終末のミスタイプ