2006年の少女漫画の話をしよう 仲村佳樹『スキップ・ビート!』

スキップ・ビート! (12) (花とゆめCOMICS (2896))

スキップ・ビート! (12) (花とゆめCOMICS (2896))

元ネタは斉藤倫の『百億年後の夏の話をしよう』です。
表紙画像が来てない!多分数日後に来ると思いますが、初めての2人表紙っぽいぞ。面子は蓮とキョーコ(哀れショータロー)。しかも見つめあってる……!なんてことだ!ありえん!
ここで普通の漫画なら「あぁついに二人の想いが通じたのね」とでもなるのかも知れませんが、ハッ…!┐( ̄ー ̄ )┌この2人に限ってそんなことは有り得ないのでした。主にその原因はキョーコ側にあって、ここで本人が取るであろうリアクションは「あぁぁぁぁやめてぇぇぇぇ浄化されるぅぅぅ!神々しすぎる!」なのです。そう、これは怨霊体質の復讐女と、仮面を被って紳士ヅラするキュラララ男の謎ラブコメ演劇漫画。芸能界1の男を目指す歌手・不破尚(本名不破松太郎)に捨てられ、怒りだすと体中から怨念キョーコ(怨キョ)を発散するようになった主人公、最上キョーコ。悪鬼のような彼女にいつも周りはさぶいぼ。一方、当の芸能界1の男らしい敦賀蓮が怒り出すと嘘吐き毒吐き紳士スマイルを繰り出し、そのキュラキュラが主人公に突き刺さる。『ダーク・エンジェル』の第何シーズンかみたいな触れ合えなさっぷり。他にもなんかいろいろ変なところがある。

  • 主人公は不破尚(相手役対抗)と敦賀蓮(相手役本命)の呪いの人形を持っている。手作り。
    • 家にも必殺・不破尚、打倒・敦賀蓮のポスターが貼ってある。恐ろしいまでの敵視。
    • ブードゥーや呪い人形にやたら詳しい
    • しかしメルヘン思考、妄想癖
  • 敦賀蓮、顔も性格も少女漫画の王子様そのままなのにしょっちゅうorzしてる
    • 恋愛音痴で好意の裏返しのイヂワルを笑顔と共に行使する
    • 恋愛音痴でそのことを指摘されると恥じらう乙女化する
  • 不破尚、最低の男なはずなんだけど何故か憎めないバカ
    • キョーコ顔負けの妄想癖

デッサンが変なのは読んでりゃ慣れます。モノローグが異様に多くて、セリフがいちいち細々と別れているのにも慣れます。しかし、相手への気持ちが自分の中での一人会話でひたすら進んでいくのにはいつまでたっても慣れません。そんなこんなでページ数がかさむわかわむわ。作者も「『月籠り編』がダラダラした感じは否めず」云々と柱で語ってて、あ、気付いてるんだなーと。でももう不思議と面白いからそのままでいいです。最上キョーコはlepantohが本気で応援している、唯一の少女漫画オンナノコ主人公な気がします。「ああ星一つ見えない淀んだ空 いっそすがすがしいわね」とか「日頃常々寝ても醒めても悪魔を殺してみたいと思っていたんです!」とかいう思考回路のヒロインはタダモンじゃない。幸せになって欲しい。
で、昨日の話で「トランスジェンダーもの」「学園階級差モノ」「男が女に激烈片思い」の話をしました。あと少女漫画といえば「逆ハーレム」。で、TGものはまぁ私の「24年組譲りの強迫観念」だとすると、なんかそれって結局『花より男子』に全部やられちゃってることに気付いて驚愕しました。私もドラマで松潤のキモカワイさにヤラれたクチですが、今日も電車の中で読んでる人いたもんなー。リバイバルだもんなー。でもその話でいくと、結構白泉社系の話の進みが早いのも事実な気がする。逆ハー(と略してマジで活用している)をいかに不自然なくもってくるかが今後のカギだな……と真剣に考える。

  • フルーツバスケット……TG(猿の子がMtFのTVだった気が)、男→女、逆ハー
  • 桜蘭高校ホスト部……TG、男→女、学園階級差、逆ハー(完璧!)
  • スキップ・ビート……男→女、逆ハー、でも階級差は自分で埋めるよ

うーん、切り分けるナイフがいつも足りないです。何かほかにあるような。うーん。ま、いいか。
ちょっとネタバれます。12巻では、蓮は演技を忘れて取り繕ってた自分もどっかいっちゃってるのに、キョーコはひたすら演技のことしか考えてないのがカワイソすぎます。キョーコもだけど、蓮もがんばれー。更にですね、この巻的には敦賀敦賀蓮って感じなんですけど、今本誌はまた不破尚不破尚なモードで、もうなんか敦賀蓮の余裕のなさっぷりが見てられない (ノ∀`)アチャーな感じ。しかしヒロインにその気がほぼゼロなので「はよ告れよ!」ともいえないし。で、蓮の出生地バレもなし、坊の正体バレもなし、キョーコの母親の伏線回収もなしで、その上蓮の生い立ちの影だけはいっそう強まった巻でもあり、何巻まで続ける気なんでしょうと薄ら寒くなりました。坊バレはするのかしないのかわかんないんですが、バレた時点でキョーコは敦賀蓮に興味がないということがわかってしまうので、そうするともう永遠にこの二人の人生が交差しない気がするんですが。そこでショータローですか。そうですか。
 
まぁね、一番大事なのは、キョーコが自分でジブンの人生を掴み取ろうとしてるってとこなわけで。キョーコはもうずーっと幼い頃から不破松太郎(本名)にゾッコンで、松太郎およびその家族(京都で旅館経営)に尽くしにつくしてきたわけです。それが、ショータロー芸能界デビューのための上京お世話係になったと知ってから、もう復讐のためだけに生きていくと決めたキョーコは、いちいち立ち止まって「これはショータローの母親に習ったことだ」「これはショータローのために覚えたことだ」と気付き、その度に「私 空っぽの人間だ――」と絶望するんです。でも、演技の勉強をしているとそういうことを忘れて没入できる瞬間があるらしく、演技だけは、ショータローのためでなく自分のためにやっていこうと決めるわけ。要は他者からの肯定から自己肯定へのシフトを書いた話で、そういうテーマは、デスノートの時にもちょっと語ったけど実は意外とモダンなんです。少女漫画って他人から肯定されるかどーかが、ずっとかなり大事だったから。*1で、役者としてキョーコは敦賀蓮のことを凄く尊敬しているんだけど、あーだこーだで二人のなかはこじれまくり、って話。
記念すべき初怨キョが読める1作品。11巻感想もあるよ。

*1:ついでに語りますけれど、なるしまゆりのすごいところは、「他者に否定され続け、自分自身を肯定することが不可能になった自分を肯定する方法」を徹底的に突き詰めているところで(レヴィ・ディブラン、レイ・ジーン・セイバーヘーゲンあたり。RJには私が理解できないところがまだある)、その答えが「自分から他者を愛し、守ること。それが出来なければ自分の生には一片の価値もなく、それができれば自分は死んでも構わない」=他者を愛すること、と定義づけているところなんですよ。もうね、天才としか言いようがないの。で、そこに「お前の愛を得る事が出来るか否か、それが裁きとなる」な人王アークが対比されてるわけ。肯定をめぐる戦い。蛞蝓と蝸牛。