男の子が女の子にトキメキまくる少女漫画の潮流「トキメン」を探れ!

きれい


自己紹介

lepantoh(以下lep):名前が二つある人は、魂が二つあると言います。そこで今日は対談形式で、岩瀬坪野さんとのインタビュー形式で話を進めていきたいと思います。
岩瀬(以下岩):こんばんは「夢見る学生」岩瀬です。好きな名前が2つあるキャラはイティハーサの一狼太/那智です。読者の皆様よろしくおねがいします。
lep:しょっぱなから微妙すぎるネタですが。さて、lepantohと岩瀬は同一人物なのですよね。
岩:はい。
lep:はてなでid取ったときは、idで呼び合うって知らなかったので、名前っぽくない変なidにしたんですけど。
岩:こっちは逆にmixi登録用の名前でしたね。それがなぜか便宜上の名前になっていきました。こっちの名前の方が社交用なので心なしか丁寧……なはずです。
lep:あれですね。一人語りにも増して痛々しい行為ですが。
岩:なんとなくそんな気はしてたけど、でも、これでみんなが読みやすくなると思ったら、つい……あとのことはあんまり……。



トキメンとは何か?

lep:では早速本題に入りましょう。今日は少女漫画界を席巻する、トキめく男たち略してトキメンについて語りたいということですね。
岩:そうです。トキメン漫画が今熱い!
lep:その割には、この原稿5月からほったらかしでしたけど
岩:いや、なんか同人誌に載るから、それを売る前にネットで話題にするのもどうかなぁっていう遠慮があったんです、一応。だから、最初にこの現象に気付いたのが4月くらいで、原稿を書いた時は6月くらいでした。でも、まだまだ有効な話題だと思いますよ。
lep:はい、ではそのトキメン漫画というのはいったいどのようなものを指すのでしょう。
岩:それは、その名の通り、女の子が男の子に恋する話じゃなくて、男の子が女の子に恋する話のことです。それだけでなく、その恋を男の子の側の視点で描いている。つまり、女の子は最早とくんとくんしないんです。主人公の一挙一動に、男の側がドキドキするの。
桜蘭高校ホスト部(クラブ) (9) (花とゆめCOMICS (2985))
lep:たとえば『桜蘭高校ホスト部』のような?
岩:そうそう。
lep:でもそれって、昔からあるハーレム漫画を少女漫画に輸入して、逆ハーレムにしただけっていう気もします。
岩:このツッコミはよく受けます。でも、そうだとしたら、主人公は積極的に恋愛に参画しなくては面白みがないですよね。ところが『桜蘭高校ホスト部』でハルヒは恋愛から切り離されています。これはトキメン漫画の一つの特徴なんです。少なくとも初期は、主人公は恋愛に対して無自覚なんです。たとえば『フルーツバスケット』などもそうですけど。
lep:『花より男子』はハーレム漫画だけど、トキメン漫画ではないということですか。
岩:そうです。それに、神尾葉子さんの作品は、徹底したシテ1人主義で、モノローグは常につくしのものです。作品を切り取る目線が単一的だということができます。「主人公が誰を選ぶか」という物語です。でも、トキメンは「誰が選ばれるか」という物語です。
lep:つまり、恋愛への参画と、モノローグの所在がトキメン漫画であることを分けるんですね。
岩:それだけではありませんが、大きな判断基準です。常に男の子がモノローグを持っているわけじゃないんです。色々なキャラクターが話・場面単位で引き受けるそのモノローグを、恋愛話の時は男の子が攫っていくという事実が面白いんですよ。
lep:なるほど。でも、そのような構造だけ聞かされても、なかなかトキメンならではの面白さ、というのが見えてこないと思うんですが。どのような点が岩瀬さんを惹き付けたんでしょうか。



トキメキ男との出会い

スキップ・ビート! (13) (花とゆめCOMICS (2949))
岩:最初は『スキップ・ビート!』が面白いなあと思って、花とゆめを購読するようになりました。男の子が恋愛の視点を持つことの面白さについては、すでに1月に『キス、絶交、キス』に触れたときうっすら気付いていたんですが、その面白さを上手く解説できなかったんです。
lep:たしかに、当時はそこに気付きつつも曖昧な記述で濁している。
岩:ちょうどこの対談の初稿を書いている春頃、『別冊花とゆめ』で菅野文さんの「乙男 オトメン」って漫画が載って、ようやく確信した感じです。実は別花の予告の時点で、どういう話なのかはすぐに想像できて、発売前に「じゃあこれをパクってトキメンって名づけよう」って思ってたんですよ。それでmixiでそういうアイディアを書きとめていました。発表がずいぶん遅くなっちゃいましたが。
lep:何故mixi(笑)。それで、今まで出てきたのは『桜蘭高校ホスト部』と『フルーツバスケット』と『スキップ・ビート!』ですけど、出版社偏っていますね。
岩:結果として、トキメンは白泉系が多いですね。白泉社の漫画って、漫画好きが読むし、少年主人公とかジェンダーネタ多いでしょう。昔は小学館でもやっていましたが、今は白泉・新書館じゃないとなかなか少年主人公ってお目にかかれないですよね。それに、この2つの出版社はやおい・BLとも親和性が高いです。ちょっとオタクっぽい感じ。
S・A 第7巻 (花とゆめCOMICS)
それで、該当する作品を列挙すると、まず『桜蘭高校ホスト部』と『フルーツバスケット』っていう2大作品がそうです。フルバは最近、透君も恋してますけど。あと、『スキップ・ビート!』でしょ、『親指からロマンス』もそういうところあるし、『幸福喫茶3丁目』もそうでしょ。『S・A』がいちばんすごい、キスシーンがある話だけヒーローの目線になったりして。『しゃにむにGO』も構造的にはそうですよね、主人公がああだからあんまり意識しないけど。ほとんどそういう作品なんです。それで、メタ作品として『乙男 −オトメン−』が出てきて、人気になって月刊連載になっちゃった。
lep:今の話を総合すると、オタク向けの新しいジャンルとしてトキメンが創出されたということですか?
岩:別段「オタク」限定だとは思わないですけれど、というか女性の場合オタクって何を指すのかよくわからないですし。でも、男性側に移入しやすい読み手が読んでいるんだという確信はあります。男の子がアタフタしているのを読むのって、オタクじゃない人が読んでも楽しいし、少女漫画から離れてやおい的なものを楽しんでいる人も楽しめると思うんですよ。実際やおいの人に読ませてみないとわからないですけど。



トキメンものに付随する「読み」をどう解釈するか?

lep:それでは、もうすこし評論的な話に移っていこうと思うのですが、トキメン漫画は、少女漫画界のどのようなムーヴメントとして捉えればよいのでしょうか
岩:そもそも、トキメン漫画それ自体は大きな流れの中の一端でしかないんです。私が好きだっていうだけで(笑)。根本的には、『キス、絶交、キス』と同じ流れの中に括れるのだと思います。端的に言ってしまえば、多視点化と主人公の客体化です。もうちょっと、トキメン以外の恋愛漫画を読み込んでみないとわかりませんが。
lep:私たちはくっつく話よりも別れる話が好きなんで、あんまり恋愛漫画は読まないんですよね。
岩:うん(笑)。まぁ、確証は持てませんが、おそらく少年愛やおいを経た人の、「視点遊び」的な要素を取り入れたあたらしい「読み」を要求する方式なのだと思います。それと、必然的にこれは「女性が愛される」物語ですから、主人公がけっこう魅力的なことが多いんですね。……全てとは言いませんが……(苦笑)。あと、いわゆる男勝りってタイプが多い。だから、私なんかもう完璧に男性側に入れ込んでみているんですけど。それと、パパ肯定ブームというのが私の関心としてあるんですが、それに近いものも感じますね。物語全体がファザコン的なんです、とても。
lep:ただ、そうすると「読み」とは何か?という問題が出てきますね。基本的にそれは個人のものですから。
岩:そうなんです。だから別にそこまで踏み込まないでおきたいんですけれど、でもベースに少年愛やおいやBLがなかったら、多分この視点の自由さっていうのは獲得できていなかったと思うんですよ。それで、杉浦由美子さんの『オタク女子研究』が評判が悪いのは、彼女のAERAでの記事から見えるモテ・ヒエラルキーへの執着もあるんでしょうが、基本的に、生態を明かすことを中心とした本だったから反感を買っている。それでこれは複数のエリート腐女子さんに聞いた話なので信憑性は高いんですが、やおいというのは知的遊戯で、関係性がひっくり返る面白さというのが一番面白いところだというんです。その面白さはトキメンものにも共通しているんですよ。
lep:敦賀*1がまたうな垂れてる!みたいなね(笑)。ていうか敦賀蓮でgoogle検索すると、私の日記が一番に来ますからね(笑)。
岩:うそ? この間まで10番目くらいだったけど。……本当だ。これで日本一敦賀蓮を応援している日記になれたのかな(笑)。どうせなら最上キョーコ*2で1位が良かったなぁ。まだ10位くらいだ。


少女漫画(界)は今どうなっておるのか?

岩:それと、トキメン発見に至るまでの問題意識について、少しお話しておきたいんですが。
lep:どーぞ。
岩:よく誤解されるんですが、あまり問題意識ってないのですよ。あんまり漫画界とか評論界がこれからどうなっていけばいいのかということに興味がなくってね。今の少女漫画はこうだからダメだ、みたいなことを強く言ったりはしていないと思います。確かに少女コミックは良くないんですが、『トーマの心臓』の頃とはもう時代が違いますし、少女漫画がエロ化していても、私はもうそれを止められませんから。
lep:その代わり面白い作品を発掘して紹介しようというのがコンセプトですからね。
岩:そうです。現状を嘆くより、楽しいこと優先です。その点では、自分自身のサイトに対して問題意識はありました。まず去年までの無言の日記って、10人見に来てくれて、1人わかるかわからないか、という話をしていた節がありますよね?
lep:ありました(笑)。最初はもっと解ってくれるかと思ったんだけど、街に出てみると自分が思っているほどメジャーではない漫画を取り上げていた。あとは他の趣味のことも入り混じって、単純に見難かったんですよね。
岩:そうなんです。だから、今年は漫画に絞って、しかもメジャーな漫画について語ろうという決意がありました。10人見に来てくださったら、6、7人はわかる話をと思ったんです。1月にそれを実行して、それなりに反響も得ました。それが『デスノート』とか『ユリイカ』の話をしたときですね。また、その後に色んな漫画関連の人にお会いしました。やっぱり誰もなるしま作品を読み込んではいなくて、そりゃウェブでもだれもわかんねーよと(笑)。それ以上に、少女漫画全体が無視されているような空気を感じたんですね。
lep:それはどうしようもないことなんだと、もう諦めてきましたけどね。こつこつやっていくしかないと。最近はもう、漫画評論の本の前書きに、「漫画評論が無視されている」と語ってあって、すごい期待して読んだら、少女漫画がてんで無視されていてがっかり、みたいなのには慣れてしまいました。私は漫画評論が無視されていることより、少女漫画が発見されない方が嫌ですが。
岩:その、「少女漫画」全体がもはや一枚岩ではないんですよね。だけど、一部の悪いところを見て、少女漫画全体に後ろ足で砂をかけることを厭わない人が多すぎるんです。とりわけ今のインターネットには。だから、少女漫画は一枚岩ではないと言いつつ、少女漫画全体への誹謗中傷に対して、有効な反駁をするには、こういう風に「こんなに少女漫画は面白いんですよ!」ってやるしかないと思ったんです。


恥らう「トキメン」、躊躇う「トキメン」

lep:うーん、いきなり「誹謗中傷」と言われてもよくわからない人も多いと思うのですが。誰が何をどう中傷しているのかわかりませんよね。
岩:「誰が」の部分はあえて言いません。理由のひとつは私がそういうのを全部把握していないからで、もう一つは相手にしたくないからです(笑)。「何を」についてですが、トキメン漫画には一つの特徴があるんですよ。何だと思います?
lep:展開が遅くてなかなかくっつかない?
岩:近いっ…!! …だが違う!!
……えー、これはあくまでトキめく話なんです。間違ってもヤリメンなんかじゃありません。くっつかないし、くっついてもヤらないんですよ。何故かって、それは男の側がブレーキかけているから。
lep:たしかに敦賀蓮とか須王環とかそんな感じですね。もうちょっと明け透けな人もいると思いますけど。S・Aの彗とか。
岩:あいつ最近調子にのってますからね。両思いなんて飾りですよ。
lep:なんだそりゃ。
岩:トキメンの共通行動パターンは顔面を赤くして後ろを向くことなんですよ。口を押さえながら。それこそトキメンがトキメンたる所以です。言ってみれば、これは暴走するエロ漫画の男どもと全く逆の行動を取っているわけですよね。だけどてんで話題になりません。なんでだと思いますか?
lep:つまんないから?
岩:トキメン漫画がつまんないからですか?
lep:いや、トキメン漫画は超面白いですよ。でも、それを話題にしても面白くないんじゃないんですか。
岩:そうなんでしょうね。エロ少女漫画そのものを語る時の手法というのは大体決まっています。「幼稚で稚拙」「同じ展開ばかり」「強姦が多い」。そして皆口々に叫びます。「こんなものを少女に読ませて良いのか」「これが少女漫画ですか」と。
lep:「これが少女漫画ですか」という問い自体が実は成り立っていないのに、まるでYes or Noで答えなくてはいけないような印象を植えつけますね。正解は「そうでもあり、そうでなくもある」だと思うけども。あれも少女漫画の一部ではあるけど、全体ではないよね。
岩:話題にするのはいいけど、少女漫画のこれからの発展のことなんてちっとも考えていないくせに、「これでいいのか」という論調を臭わせるのはやめて欲しいですね。その点で、ちゆ12歳さんはすごく正しい。愛を感じるもん(笑)。
lep:愛なしで全体の問題のように語るなと。エロ少女漫画はお前のブログパーツじゃねえぞと。
岩:その癖して「エロ漫画としてつまらない、ありえない」みたいな言い方するのも面白い。読んでいるのは自分なのに。
lep:テキストサイトばりに改行とか太字指定とかしちゃって取り上げちゃうんだよね。
岩:それはlepantohさんもしょっちゅうしてますけど(笑)!



「トキメン」評論の可能性

lep:結局エロ少女漫画に対するバックラッシュに文句言いたかったみたいになってますけど!
岩:うーん、まぁ5月に書いたものを、ちょっと書き直して発表しようと思ったきっかけかも知れません。それ以外にも色々と見る点はありますよ。上に書いた、少年主人公ものの到達点としてみることも出来るし、ジェンダーに絡めて語ることも出来ると思いますし。あと、大塚英志の流れに対する反証にもなるかも知れないですね。
lep:でた! アンチ大塚!
岩:違いますよ。でも大塚さんの少女漫画史ってなんだか違和感があって。まず萩尾望都がいる。フロルの選択がある。24年組の、モノローグによる内面の多層化がある。それで、次に紡木たくがくる。これは、モノローグの多層化を頂点まで極めた人で、ただしフロルの選択に対する問いは保守化した。その次に、岡崎京子がくる。この人は、フロルの選択の前で内面を保留したまま逡巡していた、と。これだけ聞くと、なんだかとても正しいように思えるのですが、私にはどうも、萩尾―紡木―岡崎がつながるようには思えないんです。萩尾・紡木のモノローグ技法が同じだというだけで、なぜか女性性への答えまで同列に語られているのが不思議に思える。
それで、モノローグ云々について考えるなら仲村佳樹の煩雑さは外せないんですよね。はっきりいって過剰なんですよ、モノローグが。どうでもいい人のモノローグまで丁寧に織り込んでいて、すごいイライラするんです(笑)。だけど、それがじらし効果を生んでいてすごいの。だから、モノローグ技法がそこで終ったというのは実は間違いなんじゃないかと、ただ、1人の内面だけに拘ることをやめて、他の人にそれを任せようという流れになった。1人の内面を多層的に書くんじゃなくて、多くの人を均質に描く。この頂点が「トキメン」なのかなぁと思うんですね。それと、フロルの選択についてもトキメン漫画はすごく面白い解法を示していると思いますし。ここでは言わないけど(笑)。
lep:それが、最初に話していたトキメン漫画と視点の問題に絡んでくると。たしかに、内面を多層的に描くのは、初期24年組の特徴でしかなかった。ここらへんは、「少年愛」言説の問題にも見られた24年組の“その後”への考察の欠落があるのかも知れないですね。私がいう『メッシュ』での転換のことですが。
岩瀬:「内面の多層化」「フロルの選択」両方にアプローチできる素材だと思います。「内面の多層化」から「視点の多様化」への流れは、金田さんの地動説・天動説にもつながる話題だと思うし。
lep:私もなんかそういうカッコイイ名前つけたいなぁ。トキメンとかじゃなくって(笑)



別にトキメン漫画を読む必要はない

岩:最後に誤解しないで欲しいのは、別にこれらの漫画を読めって言ってるわけじゃないってことですね。面白いからオススメはしたいけど、今回の文脈で「これを読まずして少女漫画を語るな」って思っているみたいに思われたらすごい嫌だ。ただでさえ語り部が少ないのに。
lep:そもそもあんまり少女漫画よんでませんからね、私たちも。まぁでも、少女漫画全体をひっくるめたように感じてしまう文章はどうかと思いますけど。
岩:ね、いい加減同じネタでネチネチ責められるのは嫌よね。まぁ少女漫画は面白いよね、っていう話でした。長くなっちゃったし、あんまり評論めいたことできなかったけどここらへんで。
lep:はい。読者の皆様、お疲れ様でした。

*1:スキップ・ビート!のヒーローその2。その1ではない。日本一かっこいい男。俳優。

*2:主人公。日本で2番目にかっこいい男にいいように使われ捨てられた過去を持つ