2、吉田秋生

吉田秋生は作品の中に大島弓子を引用したり、竹宮恵子萩尾望都を盗用!?したり、とにかく彼女の根底には、24年組が流れていることは間違いない。しかしながら、彼女はその無性的・脱少女漫画的な絵柄と話の設定において、24年組から大きく一歩を踏み出した。何より特筆すべきは、性器を持った少年の登場であろう。『カリフォルニア物語』『河よりも長くゆるやかに』の主人公ヒースと能代季邦(としくに)は明らかに内面も少年である。そして生々しい少女の感情と、少女の受ける性的な目線を描きだした『吉祥天女』『櫻の園』においては、性器を持った少女までも描いた。そしてその少女達の描き方はある種のフェミニスティックな部分を持ち合わせており、女性の身体に対する他者からの眼線を批判的に描き出していた。
ところが彼女の作品の主人公は、だんだんと24年組的なものに回帰してゆく。まず最初のキーパーソンは『カリフォルニア物語(’78)』のイーヴだ。彼はスゥエナに好意を抱きつつ、ヒースのことも好いているバイセクシャル的な存在として描かれている。しかし主人公ヒースは男同士で愛し合うことを最後まで頑なに否定する。そしてイーヴは死ぬ。次は『ジュリエットの海(’82)』の透だ。彼は病気でどんどんとやせ細っていくのだが、その外見は中性的で美しい。だが、彼は「早く大人になりたい」とこぼす。これは萩尾望都少年にはあまり見られない兆候である(⇔雪の子、成長回避としての男装、似て非なるもの、ポーの一族)。彼はやたらアッシュに似ているが、内面はまだ少年である。次のキーパーソンは吉祥天女(’83)の涼である。彼は不良少年として、クラスのスケバンっぽい子とつきあっており、性器を持っているように思われる。しかし、彼は叶小夜子のお色気攻撃が効かない唯一の人物であり、内面はストイックで、あまり女性に興味を抱けない人物というように書かれている。その最終到達地点がアッシュ・リンクスである。
アッシュ・リンクスは犯される。「ボス」の肩書きが女性を寄せ付けないというのはいかにも言い訳くさい。アッシュは性の被害者であり、イーヴ、叶小夜子の流れを継ぐものである。ところが身体的には、小夜子の反対にいる涼の後継者でもある。つまるところ、彼は吉田秋生の性実験の結果のキメラ、性器を持った少女である*1。ただしその性器とは、勃起するものではなく犯されるものである(この辺が最高にややこしい!)これはつまり、イーヴ、小夜子、そしてアッシュ、ジェルミと受け継がれる強姦される性的身体の系譜の存在を示している。これを「(勃起する)性器を持った身体」と同一視するわけにはいかないので、仮にここで(便宜上!)「受動性器をもった身体」と名づけることにしよう。まぁ、その後の吉田秋生については私はここで何度か言及しているが、上手く語ることが出来なさそうなのでほっておく。バナナフィッシュについてはこちらを参照されたい。

*1:ある意味両性的。そしてその周りにいる英二やら月龍やらも両性的、おまけにシンという無性的キャラクターもおり、英二―月龍、アッシュ―月龍―シン、ショーター―シンがそれぞれダブル(分身)として設定されているのでややこしい。