『アラベスク』山岸凉子を、私はこう読む

交感神経と副交感神経とのせめぎあいは、一人の少女に亡命すら決意させる……かもしれない。というお話。
決して『愛は国境を越える』と混同してはならない。
 
ハラ姉さんに読んだかと聞かれたので大慌てで読む。主人公は基本的にウジウジメソメソ。最後の方いきなり結婚が云々と言い出した主人公の妄想力にガクブルしてた……ってユーリ先生オマエもかーい!ずってーん。みたいな。おうじさまはおひめさまよりもヤバい思考回路を持ってなくてはおうじさまたり得ない。みたいな。六月って名前にろくな奴はいないんだ。みたいな。
ストーリーはトントン進んでテンポもよいしスリリング。主人公のライバルが次々でてきて愛しのユーリ先生とイチャつき出すから主人公は不安で泣いちゃうんだけど、結局バレエを頑張ってまたユーリ先生と踊れたのレス☆というのが基本的なお話で、バレエを頑張ることは恋心を満たすこととほぼ同義になっているのが交感神経と副交感神経をせめぎあわせる秘訣なんだと思う。もちろん作者のバレエへの愛情はそこかしこから伝わってくるのだけど、それでもやはりこの漫画の本質は主人公がノンナである限り橋本治型“少女漫画”でしかありえない。
といってもそれは決して非難ではない。例えばあの『トーマの心臓』ですら、よくよく見れば“天国へ至る翼を失ったと思い詰める少年が、僕の翼を代わりにあげると言われて安心する話”である。24年組の初期作品なんて、こんなもんだ(笑)。むしろ初期作品に見られる問題に次第に自覚的になっていく様を見るのが楽しいのであり、その点で『日出処の天子『メッシュ』『イズァローン伝説』が紛れもない名作である以上、私の彼女達への賛美は変わることはない。
 
この漫画を見て思ったのは、ライバルって大事だなぁということだ。人間味のないバレエ一筋のユーリ先生と同期のエーディクが出てきてから、ユーリという人物が魅力的に見えてきた。エーディクに改変アラベスクを踊られて、酒場でよくもやってくれたな!とユーリが本音をぶちまけるシーンはお気に入りだ。エーディクが出てこなくなると、またユーリがわからなくなった。エーディクのようなキャラクターにはレオの代わりに是非最後まで出てほしかったものだ。

芸術ゥ?そんなモノぁ生きることに倦んでいる白豚どものためにあるもんよッ!(昴・7巻)

さて、萩尾望都はこの作品を、バレエ漫画に必要な全てを兼ね備えると評価していたが、『漫画』としてより完成度が高いのは、やはり『昴』の方であると感じた。というのも、『アラベスク』が対象としているのはバレエを愛する人間だ。バレエを理解する読者、バレエを理解する観客。教育された理解者の前である種の暗黙の了解のルールの上で行なわれる“芸術”。私はそういうものがどうも苦手で、よって文学*1と写真*2と映画*3が苦手で、マンガと大衆映画とコスメ*4とファッション*5が好きなわけだが……(笑)。『昴』では主人公は

「バレエをみて、ものすごい感動したことなんてあるのかな。踊りなんてそんなもんだよ」
とすら言ってしまう。これってものすごいことではないか?そして私は基本的にこの意見に賛成である。逆に――例えば『アラベスク』でユーリ先生はジュテ(跳躍)を一切排した踊りを披露し、ニジンスキーの再来と誉め讃えられるが、ニジンスキーの『牧神の午後』を見たことはあるだろうか。ビックリするほどつまらない。初心者にとってあれほど退屈なバレエはない!あれは“まっすぐまっすぐを志向するバレエへのアンチテーゼ”という了解のもとに成り立つ奥へ奥へと遠ざかる“芸術”であり、凡人には到底理解出来ないのだ。だからこそニジンスキーは舞台上で自慰行為を行なったのだ*6。そしてユーリにはそれが出来ないのだ。
そういった「すかし」た芸術とやらに、私はいい加減嫌気がさしているのだろう。大衆が好まないものを好きになることは往々あるが、“大衆”である自分を押し曲げてまで芸術とやらを美化しようとするのはゴメンだ。誰かにバレエの魅力を伝えたい。その時、ニジンスキーの牧神の午後を見せて、彼女がバレエを好きになる確率はきわめて低いだろう。
 
ちなみに最後のラ・シルフィードの死のヴェールは結婚を暗示している。シルフィードは結婚し、還俗すると同時に死ぬのである。そんなことは無視して、最後には結婚に走るストーリーが、なんだか不思議な違和感……。有吉のSWANを読むべきか。

*1:それもこれもアクタガワショーの所為

*2:難しい。アラーキーとか解らん時が多い

*3:ハイハイ

*4:人類最高の大衆芸術だよきっと。フランソワ・ナーズの作品が3000円で買えて毎日付けられるんだぞ?トム・フォードの世界を5000円で瞼の上に再現出来るんだぞ!?絵画、ファッション、他の分野ではなかなかそうは行かない。音楽と漫画くらいお手軽に手に入り、自らクリエイトできる最高のアートだ。コスメ最高!

*5:値段が不可解だが

*6:って言われてる、真相は知らん