少女漫画の1970年代――『メッシュ』以前

一般的に語られる「24年組らしい」と思われる要素は以下のものを基準にしていることが多いのではないでしょうか?そして、それを古き良き少女漫画と思っている人も多いのでは。しかし、それはすべて『メッシュ』で覆されています。少女漫画の1980年代を振り返る土台となしましょう。

〈少女〉と〈非少女〉

宮迫千鶴の『超少女へ』で指摘された萩尾望都作品内の性(ジェンダー)とでも言うべきもの。少女漫画を読む上で非常に良い指針となる偉大な発明。定義がとても簡潔で良い。

  • 〈少女〉……〈認識行為〉と〈主体性〉を封印し、繭にこもって王子様を待つ少女
  • 〈非少女〉…〈認識行為〉と〈主体性〉を併せ持つ少女

とにかく、少女漫画が問題にして、かつ獲得しようとしているものを〈認識行為〉と〈主体性〉と言い当てたところが偉大。ただし、70年代、24年組が少年主人公という装置を通して半ば前提条件的に〈非少女〉を登場させたのに対し、萩尾は『メッシュ』でそこにもう一度疑問符を突きつけた、と言える。それ以降、萩尾は〈主体〉を獲得することの困難、そして仮令それを獲得したとして、そこに潜むであろう暴力性を問題にし始める。『残酷な神が支配する』では、主体的に愛することの困難とその回復に主眼が置かれている。

〈母〉の死/〈母〉の愛の喪失

トーマの心臓』におけるエーリクとオスカーの母、『ポーの一族』のエドガー『風と木の詩』におけるセルジュとジルベールの母、『摩利と新吾』における摩利・新吾は母を実際に亡くしている。初期萩尾望都もしくは24年組においての〈母殺し〉は多く指摘されている。
『メッシュ』以降は、逆に母は死を与える存在となる。またそれ以降永遠を生きた筈のエドガーやエルグ(スター・レッド)とは違い、少年は殺される側となる。

ギムナジウム幻想*1

24年組の一つの特徴として語られるもの。木原敏江摩利と新吾』に最も強く見られる*1。代表作は萩尾望都トーマの心臓』『11月のギムナジウム』『ポーの一族』、竹宮惠子風と木の詩』など。
狭くはギムナジウムそのものを描いた「ギムナジウムもの」と言われるジャンルがあるが、男性だけの閉塞社会を描いているものは大抵「ギムナジウム幻想」とでもいうべきものに彩られている。よってここでは、『11人いる!』なども含むことにする。その特徴は、

  • 「男性だけの・閉塞社会」を描き、その中で女性的なものやボス、優等生、変わり者などのの役割が割り振られている
  • そこでは確かに弱者が存在し、虐げられてもいるものの、結局は理想的な空間として描かれている

ことである。『メッシュ』以降はギムナジウム幻想は正常に機能しなくなるが、「男性だけの」という点は比較的維持され、「男性だけの・共同体」とでもいうべきものに道を譲る(『マージナル』などはより大きな閉塞社会として共同体と考える)。

*1:と独断と偏見で思う

少年愛

『メッシュ』以降崩壊するもののひとつ。『ニューヨーク・ニューヨーク』で主人公のケインがパートナーのメル(共に男性)についてこう語る場面がある。

同性愛を神への冒涜と考える者もいる 俺の母親は…神聖なものを何よりも重んじる
俺は熱心なクリスチャンってわけじゃないがその精神は色濃く継いでいると思う
上手く…言葉には出来ないけど 俺の内に…俺だけの
何か他者には触れられない神聖なものがあって…
そこに…彼(メル)が触れた こじ開けるでもなく 入り込むでもなく… ただ優しく…
羅川真里茂ニューヨーク・ニューヨーク』文庫二巻pp.128-129)

これはとても面白い示唆だ。つまり、24年組少年愛とは相手に何か神聖なものを見出す愛である。何故。『日出処の天子』において、厩戸王子は蘇我毛人に対して「わたしとともに苦界奥底(くがいおうぞこ)までゆけて/仏の玉響(たまゆら)のおとないを一緒に感じたではないか」と訴えかけるのか。何故『風と木の詩』において、最後にジルベールが空から舞い降りて「サンクトゥス 聖なるかな」が流れるのか*1。何故『トーマの心臓』においてユーリはオスカーにキリストを見、トーマとエーリクに天使を見たのか。そして前述したように、厩戸もジルベールもセルジュもユーリもオスカーもエーリクにも、母親の愛が欠乏している。
『メッシュ』においてもはや少年同士の愛は神聖なものではなく、彼は作中で二回異性と寝るし、二回男性にレイプされる。

*1:このシーンはたしか他のゲイ漫画にもよく使われていたような。とりあえず覚えているのは吉田秋生『カリフォルニア物語』。

評論の記法について

  • 〈山かっこ〉で囲まれた言葉は役割を示します。漫画内のジェンダー・ロールと言い換えても可です。

〈少女〉〈非少女〉〈不確定な自己〉〈白痴〉〈支配する父〉〈封印する母〉などといった使われ方をすると思います。

  • 「かぎかっこ」で囲まれた言葉は、普通の用法以外に、行動を示す際に使われます。

父親からの「支配」「レイプ」、父親に対しての「反抗」「戦闘」、母親からの「封印」「回収」、母親に対しての「崩壊」「提出」といった言葉にはたいていかぎカッコをつけるようにしました。

  • 色分けについて

水色が〈少年〉、〈非少女〉、〈主体性を併せ持つ少年〉青が父ピンクが母と〈少女〉〈主体性のない名前のない生き物〉みたいな感じでゆるく色分けしてあります。色番号が違っていることはあると思いますが、全体的に。