今更ながら読んだ川原泉『真面目な人には裏がある』は本当にひどい


漫画関係のブックマークは、時間の許す限り目を通させていただいてるのですが、その中でもはてな界隈を中心に最近最も盛り上がったものは「川原泉ホモフォビア*1」でした。もっと明るい話題で盛り上がれればいいのに、なんだか寂しい話ですね……。とりあえず、議論は追ってはいましたが、そこに参加するつもりは殆どありませんでした。

  • そもそも、川原泉の作風がとっても苦手だから。
  • ダメなものを話題にすることで、結果的にそれを見てしまう人が増えるのが嫌いだから。
  • 何より、ダメだと分かっているものを調べてもういちどダメと断罪する行為は、必要だけどツマラナイから嫌いで、それよりも、誰も注目していないものの価値を掘り起こして肯定的な評価をする方が先にあるべきだと思っているから。

しかし、少女漫画とジェンダーというのは、私の最も興味がある領域であることは確かです。私に言わせれば少女漫画こそジェンダーの実験場であったはずなのに、なぜ川原さんだけそうはならなかったのか? 今回の議論もかなり長く続いているようなので、まだ間に合いそうなこの機会に読んでみることにしました。


議論は一応私のブックマークの少女漫画タグで追えますが、今回はちゃんと、リーダーフレンドリーに議論の経過を辿れる厳選4エントリもご紹介。

兄のパートナーの背後に「幻獣バジリスクが見える」と言ってみたり、「ホモ判定実験」なるものを面白半分に実施してみたりする偏見まみれのヒロインに対して、「同性愛に対する寛容さに感銘を受けた」と、当事者の口から言わせてしまう無神経さに至っては何をかいわんや。

その通りですね。

「同性愛は親不孝(異性愛は親孝行)」だと印象づけるような、そのように「読者を誘導する」テクニックは、以前よりも「巧妙になった」と言ってもよい。

この問題以前のエントリなども、まとめてくださっています。

問題なのは、この作品が「ゲイを取り囲んで大騒ぎするノンケの内面」ばかりを夢中になって描いていて、ゲイの内面はほぼ完全に無視されているってことです。もっと言ってしまえば、この作品におけるゲイはただの「珍獣」あるいはノンケを面白がらせる「ネタ」でしかなく、人間というより書き割りのような扱いを受けています。ある人物を「ホモ」(作中ではゲイはひたすら『ホモ』と呼ばれています)であると描写するだけで、その人物について全て説明した気になってしまうというのは、セクシュアリティと人格の混同であり、同性愛者を馬鹿にし切った態度です。

セクシュアル・マイノリティの元・川原ファンとしての意見で非常に説得力があります。

川原泉氏が「私が好きになった男性に男性同性愛者の疑いがあるときはテストをしてその疑いを晴らす」と発言したり、あるいは公的な場所-それが雑誌の記事であれウエブログであれ-に書いたのなら問題であると思われるが、そうではない。川原泉という漫画家が創り出したキャラクターが考え、行動し、発言した事である。
にも拘わらず、それを川原泉氏のメタメッセージであると捉えたり、男性差別に繋がるので不適切と糾弾しているように私には映る。
こういう事を口にする人に、今の漫画やアニメのありようはどのように映っているのかを聞いてみたい。


と、まあこんな感じなのですが、読んでみて私の感想は、「思っていたよりもさらに酷い」でした。それもそのはず、作者は「少数派に興味があるのかもしれないです」「あんまり偏見を持たない人を描きたいので」などとのたまっており、自分のしでかした差別を自覚するどころか、むしろマイノリティ側に立っていると思っているようです。あちゃー、人間そりゃちょっとは差別意識が見えないところに眠っているもんだと思うんだけど、偏見がないとか思っているのに偏見があるのは一番タチが悪いタイプですね。これなら正々堂々バックラッシュしてくれたほうがまだ叩き様があるってものです。


それでもまあいくつかの記事に反応してみます。まずululunさんのコレ。

川原泉という漫画家が創り出したキャラクターが考え、行動し、発言した事である。にも拘わらず、それを川原泉氏のメタメッセージであると捉えたり、男性差別に繋がるので不適切と糾弾しているように私には映る。

たとえ漫画の中のキャラクターだって、皮膚病の方のを取り上げて「ミイラ君が後ろに見える」とか「包帯君の方が音の響きがかわいい」ということを言ったら相当なバッシングを喰らうと思うんです。それがこの場合だと、「バジリスクが後ろに見える」とか「ホモの方が音の響きがかわいい」ということで、偏見の上に作品が組み立てられている。みやきちさんも仰っているのですが、そのことに対して自省的or客観的な目線がないのが致命的。結局ラストまで彼女たちは何十回もホモを連呼。このような表現は、セクシュアルマイノリティの問題を知らない人々に無意識的な差別を植えつける危険性が高いという意味で、批判を浴びても当然だと思いました(内部にそういう目線がない以上外部で補正するしかない)。
例示されたケースでは、「同意のない性交は違法」という大前提がほとんどの人に認識されていると思いますし、展開されているフィールドが限定的ですが、やはり、今回のケースではセクシュアルマイノリティ問題がまだまだ社会的な認知度が低く、それが大御所川原泉によって描かれたのが問題かと思います*2。「ホモは蔑称」だとか「同性愛は、病のように判定されなくてはならないような異常なものではない」といったことを、ブロガーたちがコンファームしたくなるのは当然でしょう(元々そういう認識があるなら、何を今更、で流せる話ですしね)。


次はブクマコメント欄でもちょっと言ったHODGEさんの少女マンガに巣食う差別主義  川原泉問題なのですが。

花とゆめ』という「将来、母親になる」──すべての人がそうではないし、それ自体がひとつの「規範」であるが──少女たちに、何かしらのメッセージを送っているとしたら……少女マンガ雑誌というメディアは、ひとつの権力装置なのではないだろうか。

そこには政治が介在している。

白泉社と他社の「少女マンガ」の内容を、比較する必要があるかもしれない。白泉社のマンガと他社のマンガの差別基準、人権に対する配慮に関して。

ええと、個人的にこの問題を少女マンガや白泉社全体の問題に還元されるのにとても抵抗感があるのですが。いえ、正確には白泉社には非があるかも知れません。このような偏見を土台にし、また助長しかねない作品を送り出したのですから。だからといって太字指定で白泉全体の問題にされることには戸惑いを隠せません。
まず、今回の掲載誌は『花とゆめ』ではなく『メロディ』であり、「将来、母親になる」少女たち(? よく分からないのですが、母親にならない人となる人で差別意識を持っていいかが決まるのでしょうか)がメインの対象ではないことは一応突っ込んでおきます。それ以上に、白泉社は全体としてジェンダーに関することに常に挑戦的であり、面倒を嫌って保守化する他社雑誌*3とは違うという評価も可能だと思っています。少年漫画・青年漫画において何かしらジェンダーに関し有効な提言をする作品がどれだけあったのかは疑問です。

それと、やおいの差別性について興味があるようですので、老婆心ながら、やおいこそがホモフォビアだとする研究があることをお知らせしておきます。HODGEさんは少年マンガの「性表現」ばかりが「問題化」されているが、本当に問題なのは──「問題化」すべきなのは──こういった「人権」を踏みにじり、「人間性」を貶める「差別思想」(の「再生産」)なのではないか。という一連の記事で、そのことが問題化されていないと仰っているのですが、そうでもないと思いますよ、ということで溝口彰子「ホモフォビックなホモ、愛ゆえのレイプ、そしてクィアなレズビアン──最近のやおいテキストを分析する」をご紹介している文章を。ただ、運悪く私はやおいは専門外でこの論文も孫引きでしか目にしていないし、川原も山岸もかなり苦手な作家なので、これ以上のことはよく分からないのですが。





個人的には、最近の少女漫画そのものについての言及量が少なすぎて、このような状況になってしまうのかなあと反省しきりでございます。たとえばここ5年ほどの少女漫画のエロ化というのは正しい事実として存在するわけです。それに対して批判が出されたとき、少女漫画界はそれに対して「これはそんなに有害なものではありません!」とも「それでもこういう理由があって売れているのです!」とも言えないという状況はかなりマズいのではないかと。しかも性コミの編集長は文字通りの犯罪者(予備軍)だったわけですが*4、大して話題にも上らず。まあねえ、批判をしてたらキリがないんですよ。穴だらけですよ少女漫画界なんて。だからといって、それを解き明かすためだけに性コミを読むなんて無駄はとてもじゃないけどやりたくないでしょう。
そこで積極的にある一面を評価していこうというのが、私の時間と財力の限界を考えても最も合理的な方法なのだと思うので、そこはちゃんとやっていきます。多分……(信用度ゼロ)。

*1:注1:今回の議論では何故かゲイヘイト、という言葉が使われていましたが、一般的な語ではないためホモフォビアとします。また、フォビアの前につく言葉はラテン語由来の古い言葉であることが一般的であり、そのためこの場合のホモという言葉は差別には該当しません。ホモ・フォビアではなくホモフォビアで一単語です。良い子の英和辞書にも多分、載ってる言葉です。

*2:だからBLや百合やふたなりも問題にはなりうるし、逆に今回問題とされている点でも過剰に問題視されている部分もあるかも知れません。あくまで私の問題意識にはひっかからない、それはジャンルが違うから、ということで。

*3:除・講談社

*4:NHK不正経理事件と一緒で、会社が告訴してないというね